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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)2703号 判決

原告

松本カツ子

ほか二名

被告

山舘隆二

ほか一名

主文

一  被告北日本運送有限会社は、原告松永カツ子に対し金七一四万二〇四五円及び内金六四四万二〇四五円に対する昭和五四年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員、原告松永真弥に対し金九三八万四〇八九円及び内金八四八万四〇八九円に対する昭和五四年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告松永カツ子及び原告松永真弥の被告北日本運送有限会社に対するその余の請求並びに被告山舘隆二に対する請求、原告王子運送株式会社の被告山舘隆二に対する請求を、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告松永カツ子及び原告松永真弥と被告北日本運送有限会社との間においてはこれを四分し、その三を同被告のその余を同原告らの負担とし、同原告らと被告山舘隆二の間においては同原告らの負担とし、原告王子運送株式会社と被告山舘隆二との間においては同原告の負担とする。

四  この判決は、原告松永カツ子及び原告松永真弥の被告北日本運送有限会社有限会社に対する勝訴部分につき、仮りに執行することができる。

事実

第一当時者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、

(一) 原告松永カツ子に対し、金九一六万〇八〇九円及び内金八二六万〇八〇九円に対する昭和五四年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員

(二) 原告松永真弥に対し、金一三五二万一六一六円及び内金一二一二万一六一六円に対する昭和五四年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告山舘隆二は、原告王子運送株式会社に対し、金四八一万六六〇五円及び内金四三一万六六〇五円に対する昭和五四年一〇月二六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当時者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

昭和五四年一〇月二六日午前四時二五分ころ、千葉県柏市豊町二丁目三番二二号先国道六号線上において、安田龍男こと趙龍在(以下「趙」という。)が運転する普通乗用自動車(習志野三三な六四三四。以下「趙車」という。)が同市南柏方面から同市旭町方面に向かい進行中センターラインを超えて反対車線内に進出し、折から同車線上を対向進行してきた被告山舘隆二(以下「被告山舘」という。)運転の大型貨物自動車(青一一か六二三。以下「山舘車」という。)に衝突し、山舘車は右衝突後暴走して反対車線内に進入し、趙車の後方から同車線上を対向進行中であつた亡松永行弘(以下、「亡行弘」という。)運転の大型貨物自動車(練馬一一か三七八九。以下「行弘車」という。)に衝突し、このため亡行弘は肝臓肺臓破裂により同所で即死した。

2  責任原因

(一) 被告山舘

被告山舘は、本件現場の指定最高速度である時速四〇キロメートルの速度を遵守するのはもちろん、事故時は濃霧のため視界が二〇ないし三〇メートル位までしか見通せない極めて悪い状況であつたから直ちに停車できる速度にまで減速徐行して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、同僚の運転する先行車を見失わないようにしようとそのことにのみ気を奪われ時速八〇キロメートルの速度で漫然と進行した過失により、趙車と衝突した際右スピードの出しすぎによる衝撃で暴走し、更に加えて衝突後狼狽してハンドルを左右に切つた過失により反対車線に進入して行弘車と衝突したものであり、したがつて同被告は、民法七〇九条に基づき、原告らに対し後記損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告北日本運送有限会社(以下「被告会社」という。)

被告会社は、山舘車を業務用に使用し被告山舘を雇用して自己のために同車を運行の用に供していたのであるから、自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、原告松永カツ子(以下「原告カツ子」という。)及び原告松永真弥(以下、「原告真弥」という。)に対し後記損害を賠償すべき義務がある。

3  損害

(一) 亡行弘、原告カツ子及び原告真弥

(1) 亡行弘の逸失利益

亡行弘は、死亡当時四二歳で運転手を職業とし、年間収入として金四二一万三一一三円を得ていたもので、前記のとおり死亡しなければ六七歳までの二五年間稼働し前同額の年間収入を挙げることができたものというべきであるから、この間の生活費の控除割合を三割とし、年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除して死亡時の逸失利益の現価を求めると、金四七〇二万一七二五円となる。

(2) 亡行弘の慰藉料

亡行弘本人の死亡による慰藉料は金七〇〇万円が相当である。

(3) 原告カツ子及び原告真弥の慰藉料

原告カツ子は亡行弘の妻、原告真弥は亡行弘の子であるところ、同原告ら固有の慰藉料としては、同原告ら各自に対しそれぞれ金三〇〇万円とするのが相当である。

(4) 葬儀費用

原告カツ子は亡行弘の葬儀費用として金七〇万円を支出した。

(5) 相続

原告カツ子及び原告真弥は、前記(1)及び(2)の亡行弘の損害合計金五四〇二万一七二五円につき、亡行弘に対する同原告らの法定相続分(原告カツ子三分の一、原告真弥三分の二)に従い、原告カツ子が金一八〇〇万七二四二円、原告真弥が金三六〇一万四四八三円を相続した。

したがつて、原告カツ子の損害賠償請求権の額は前記(3)及び(4)の同原告の損害を合わせて合計金二一七〇万七二四二円となり、原告真弥の損害賠償請求権の額は前記(3)の同原告の損害を合わせて合計金三九〇一万四四八三円となる。

(6) 損害の填補

原告カツ子及び原告真弥は、本件につき損害の填補として、自動車損害賠償責任保険から金四〇〇二万九三〇〇円を受領したほか前記趙から金三一万円の弁済を受けたので、右合計金四〇三三万九三〇〇円につき前記法定相続分により、原告カツ子に対し金一三四四万六四三三円、原告真弥に対し金二六八九万二八六七円宛充当した。

したがつて、同原告らの損害賠償請求権の残額は、原告カツ子が金八二六万〇八〇九円、原告真弥が金一二一二万一六一六円となる。

(7) 弁護士費用

原告カツ子及び原告真弥は前記各損害賠償請求権の行使のために本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に依頼し、弁護士費用として原告カツ子において金九〇万円、原告真弥において金一四〇万円を支払うことを約した。

(二) 原告王子運送株式会社(以下「原告会社」という。)

(1) 車両修理費

原告会社は行弘車を所有していたところ前記事故により同車が破損を受け、車両修理費として金三四五万五三五〇万円を支出した。

(2) 車両運搬費

原告会社は行弘車の車両運搬費として金一一万〇四〇〇円を支出した。

(3) 休車損害

原告会社は行弘車の前記破損のため昭和五四年一〇月二六日から同年一一月二九日まで同車を運行の用に供することができず、休車損害として金七五万〇八五五円の損害を被つた。

(4) 弁護士費用

原告会社は前記(1)ないし(3)の合計金四三一万六六〇五円の損害賠償請求権の行使のために本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に依頼し、弁護士費用として金五〇万円を支払うことを約した。

4  結論

よつて、

(一) 被告らに対し、連帯の上、原告カツ子は金九一六万〇八〇九円、同真弥は金一三五二万一六一六円、及び弁護士費用を除いた原告カツ子の内金八二六万〇八〇九円、原告真弥の内金一二一二万一六一六円に対する前記事故の日である昭和五四年一〇月二六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(二) 被告山舘にたいし、原告会社は金四八一万六六〇五円及び弁護士費用を除いた内金四三一万六六〇五円に対する前同日から支払済みに至るまで前同年五分の割合による遅延損害金

の各支払をなすことを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1のうち、山舘車が趙車と衝突後暴走したとする点は否認し、その余の事実は認める。同2の(一)主張の被告山舘の過失は否認し、同被告の損害賠償義務は争う。同(二)の事実は認めるが、被告会社の損害賠償義務は争う。

同3の(一)の(1)のうち、亡行弘が死亡当時四二歳で運転手をしていたことは認めるが、その余は不知。同(2)は争う。同(3)のうち、原告カツ子が亡行弘の妻、原告真弥がその子であることは認め、その余は争う。同(4)は不知、同(5)は争う。同(6)前段のうち、原告カツ子及び原告真弥が本件につき損害の填補として自動車損害賠償責任保険から金四〇〇二万九三〇〇円を受領したことは認めるが、その余は不知、同後段は争う。同(7)は不知。同(二)の(1)のうち、行弘車が破損したことは認めるが、その余は不知、同(2)ないし(4)は不知。

三  被告らの反論

趙はその運転する趙車を山舘車の直前で突然センターラインを超えて反対車線に進入させ、反対車線内の内側車線を平常運転中の山舘車に衝突させ、その衝突により山舘車に対し、右前輪のパンク、右前輪のブレーキホースの外れ(これによるブレーキ機能の不全)、右前輪のステアリングリンケイジの切損(これによるハンドル機能の喪失)、前輪車軸の右後方への後退及び右前輪のシヨツク・アブソーバーの外れ、という致命的な損傷を与え、これら損傷が複雑に競合することにより山舘車は上り車線内の外側車線を逸走して反対車線に入り込み行弘車に衝突するに至つたものである。被告山舘としては、対向車が至近距離からセンターラインを超えて進入衝突することを予測することが不可能であり、ましてや右衝突により山舘車に致命的な欠陥・障害を与えられ、そのため山舘車が更に反対車線に進入し行弘車に衝突するような異常な事態まで予測して減速し、事故を未然に防止すべき義務があると解するのは相当でないから、被告山舘が事故現場を走行中減速措置を特にとらなかつたからといつて、同被告にこの点の過失があつたとは認めることができない。また、このような事態は予測可能性をはるかに超えるので、被告山舘が減速しなかつたことと行弘車との衝突事故発生との間には相当因果関係がない。更に、本件現場付近の道路は指定最高速度時速四〇キロメートルの速度制限がなされているところ、被告山舘がこれに違反し山舘車を時速六〇キロメートルの速度で進行していたとしても(山舘車が原告ら主張の如く時速八〇キロメートルの速度で進行していたことは否定される。)、前記事情の下では、たとえ同被告が指定最高速度内で山舘車を走行させていたとしても行弘車との衝突が避けられない蓋然性が極めて強かつたのであるから、右速度違反の点は前記事故発生との間に相当因果関係がないというべきである。

右のとおり、山舘車と行弘車との衝突事故の発生について被告山舘に山舘車の減速措置をとらなかつた過失はなく、右減速措置をとらなかつたことと前記事故発生との間に相当因果関係がない。更に被告山舘が指定最高速度内で進行しなかつたとしても右速度違反の点と前記事故発生との間には相当因果関係がないものであり、前記事故は趙の一方的かつ全面的過失により惹起されたものである。

したがつて、被告山舘には民法七〇九条に基づく損害賠償義務はないものというべきである。また、被告会社は、自動車損害賠償保障法三条但し書の免責を主張するところ、同規定による免責は加害自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを立証することを要するが、被告側で右欠陥・障害が事故発生についての車両圏外の要因である事故直前の第三者の過失によることを立証すれば免責されるものというべきであり、本件ではこの点の立証は充分なされている。

四  被告らの反論に対する原告らの認否

被告らの反論主張は争う。被告ら主張の山舘車の諸損傷が同車と趙車との衝突の際に発生したものと認めることはできず、これらが発生したとすれば、それは山舘車が行弘車と衝突した時点以降(右衝突時又はその後山舘車が道路端の縁石に衝突した時)であると考えられ、山舘車は趙車と衝突しても、右衝突前に最高速度違反の事実がなかつたならば、その後行弘車との衝突にまで至らなかつたものというべきである。

第三証拠

当時者双方の証拠の提出・援用は本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  事故の発生及び態様

請求の原因1は、山舘車が趙車と衝突後暴走したとする点を除き、当時者間に争いがない。

右争いのない事実、成立に争いのない甲第二ないし同第五号証、同第一三号証、乙第一、同第二、同第四、同第八号証、弁論の全趣旨により成立が認められる同第五号証の一、二並びに弁論の全趣旨を総合すれば、事故の態様は次のようなものであつたことが認められる。すなわち、

本件現場道路(国道六号線・通称水戸街道)は車道幅員が約一四・一メートルでその両外側の歩道(幅員各約二メートル)と縁石によつて区分され、車道中央に二本線でセンターラインが表示された片側二車線のアスフアルト舗装道路であり、現場付近は平坦かつ直線で見通しが良く、指定最高速度時速四〇キロメートルの速度規制がなされていること、被告山舘は山舘車(ニツサン・キヤブオーバーCD四三V、車両総重量一万九八六五キログラム、最大積載量一万一〇〇〇キログラム)の荷台に紙製品一〇個、重量一〇トン位を積載した状態で、事故当日の午前一時ころ青森県八戸市所在の被告会社を、同僚が運転する他の二台のトラツクとともに東京都江戸川区内の倉庫を目指して出発し、同道路を柏市旭町方面から同市南柏方面に向け、指定最高速度を約二〇キロメートル超える時速約六〇キロメートルの速度で同道路の上り車線の内側車線(追い越し車線)を進行して本件現場付近に至つたが、既に茨城県土浦市を過ぎる辺りから霧が出て次第に濃くなり、このため本件現場付近では前照燈の照射による前方の視界は約三〇ないし四〇メートル程度までであつたこと、本件現場に至つて、被告山舘は前方約四二・一メートルの反対車線の内側車線上センターライン寄りの地点を進行して来る対向車両すなわち趙車を認めたところ、同被告が約一五・六メートル進行した際同被告の前方約一四・四メートルの地点で趙車がセンターラインを超えて同被告の進路前方に進入して来るのを認めたため、危険を感じて急ブレーキを踏むとともにハンドルを左に切つたが間に合わず、被告山舘が走行してきた前記上り車線上の内側車線内の地点で趙車の右前部付近が山舘車の右前部付近に衝突したこと(以下、右事故を「本件第一事故」ともいう。)、趙は趙車(外車・マーキユリーA9351、車両総重量二三七五キログラム)の助手席に女性を同乗させて柏市南柏方面から同市旭町方面に向け時速約六〇ないし七〇キロメートルで同道路下り車線の内側車線を進行中、助手席側に目を遣り脇見運転をしたためこの間に前記事故に至つたもので、趙車は山舘車と衝突後その場で一回転した上衝突地点から数メートル下り車線内に押し戻されて停車したこと、被告山舘は前記のとおり衝突直前にハンドルを左に切つたものであるところ、山舘車は衝突後同被告がブレーキを踏み続けたまま、スリツプ状態で上り車線の内側車線から同外側車線に入り同車線上を暫時ほぼ直進したが、前記衝突地点から約三八・九メートル進んだ辺りで、同被告としてはハンドルを特段操作した覚えがなかつたにもかかわらず、右側すなわち上り車線の内側車線方向に進行し始めたことに気づいたこと、かくして被告山舘は自車が再び前記内側車線に入つた際、前方約三四・二メートルの反対車線の内側車線上の地点を進行してくる対向車両すなわち行弘車の存在を認めたため、ブレーキは踏み続けた状態で、危険を感じて自車のハンドルを左右に動かしてみたがハンドルの効きがなく同車はそのまま反対車線内に進入し、前記地点(山舘車が再び上り車線の内側車線に入つた地点)から約一四・二メートル進行した地点(反対車線の内側車線上の地点)で山舘車の前部中央付近と行弘車の右前部付近が衝突し(以下、右事故を「本件第二事故」ともいい、本件第一事故とこれを合わせて「本件各事故」ともいう。)、行弘車はその場に折れ曲がるようにして停止し、山舘車は更に反対車線を横切り同車線外側端の歩道との間の縁石に衝突した上歩道を乗り超えてその外側の畑地に同車前部が進入した状態で停止したこと、路面上山舘車のスリツプ痕及びタイヤ痕の状態を見ると、左側は本件第一事故の衝突地点から約一〇・二メートル進んだ地点を起点に本件第二事故の衝突地点に至るまで五四・八メートルにわたり、右側は本件第一事故の衝突地点から約一二・四メートル進んだ地点を起点に本件第二事故の衝突地点付近に至るまで約五一・〇メートルにわたりそれぞれ存在し、他方行弘車のスリツプ痕は、右側が二一・〇メートル、左側が一〇・〇メートルの長さで存在していること、本件第二事故後の山舘車の損傷状況を見ると、主なものとして、〈1〉右前輪のパンク、〈2〉右前輪のブレーキホースの外れ、〈3〉前輪のステアリングリンケイジの切損、の各損傷が存在すること、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠は存しない。

しかして、成立に争いのない乙第三号証(千葉県警察本部科学捜査研究所技術吏員古川庄次作成の「調査結果について」と題する書面)及び弁論の全趣旨によれば、山舘車にかかる前記各損傷のうち〈1〉の右前輪のパンクは、本件第一事故で発生したもので、かつ同事故後のスリツプ間に右前輪のタイヤ内圧がなくなるとともに、その後山舘車が本件第二事故地点まで逸走する間、抵抗が増大するパンク車輪(右前輪)側に同車の進路を偏向させる働きをなしたものと推認することができ、右推認を左右する証拠はない。他方、〈2〉右前輪のブレーキホースの外れ、〈3〉前輪のステアリングリンケイジの切損の各損傷について検討すると、証人押川清の証言及び弁論の全趣旨によれば、〈2〉は、前輪(左右各一個)、後前輪(左右各二個)及び後後輪(左右各二個)の合計一〇個存する山舘車の車輪につき、同一のブレーキ系統に属する前輪及び後後輪のブレーキ機能を喪失させ、これと別系統に属する後前輪のブレーキ機能を残すのみとなるので、山舘車の全体としてのブレーキ機能を大きく減殺し、もつて制動距離を正常時より相当引き伸ばす結果を来するものであること、〈3〉は、ハンドル操作による操向制御の前輪への伝達を喪失させるので、同車の左右への操向制御を不能ならしめるものであること、以上の事実が認められる(右認定を左右する証拠はない。)。もつとも、同証言は、右〈2〉及び〈3〉の損傷について、これが本件第一事故の際発生したとするものの、右証言のみによつては右時点でかかる損傷が現実に発生したことを断定するには足りず、ただ、同証言からは、右〈2〉及び〈3〉の損傷が本件第一事故の際車発生した可能性を認めうるにとどまるものというべきである。なお同証言中には、このほか、本件第一事故の際山舘車に前輪車軸の右後方への後退及び右前輪のシヨツクアブソーバーの外れの損傷も与えられた旨の証言部分があるが、右証言部分は措信できず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

二  責任原因

1  被告山舘

原告ら主張の被告山舘の責任原因に関し、まず、本件現場で同被告に徐行義務が存したか否かであるが、前記一認定のとおり、当時霧の発生をみていたものの視界は約三〇ないし四〇メートル程度まで存し、現に被告山舘は前方約四二・一メートルの地点に趙車を認めているのであるから、かかる程度の見通し距離が存した状況の下では、未だ同被告が原告ら主張の如き徐行義務まで負担したものとはいえない。そこで、次は制限速度違反の点(なお、原告らはこの点も右の徐行義務とは別個に被告山舘の過失として主張する趣旨と見られる。)であるが、前同認定の如く被告山舘は指定最高速度である時速四〇キロメートルを超えて時速約六〇キロメートルで走行していたのであり、同被告の右制限速度違反行為は特段の事情のない限り第二事故による損害発生との関係で不法行為法上の過失を構成するものと推定しうる。しかし、問題は右制限速度違反行為と本件第二事故との間に、前者がなかつたならば後者が生じなかつたであろうという事実的因果関係(条件関係)が認められるか否かということであるところ、この点について証人佐藤正夫及び同押川清の各証言に照らせば、後記2に判示する次第で、前記一認定の事実の下で、あるいはかかる因果関係が存するのではないかとの疑いを生ぜしめるものの、その一方で、進んでこれを積極的に推認するには不十分で、他方、証人中西儀平の証言は曖昧で措信できず、他に右因果関係を肯定するに足りる証拠がなく、結局、この点で同被告の右速度違反行為について過失責任を問うことはできないというほかはない。また、前記一認定のとおり、本件第一事故の後山舘車が右側に進行し始めて再び上り車線の内側車線に入つた際、被告山舘が自車のハンドルを左右に動かしたことは事実であるが、その結果ハンドルの効きは認められず山舘車はそのまま反対車線内に進入したというのであるから、右の如きハンドルの操作は本件第二事故の発生と無関係というべきであつて、右ハンドル操作を同被告の過失行為とするのは当を得ないというべきである。

以上によれば、被告山舘の民法七〇九条による損害賠償義務の存在をいう原告らの主張はすべて失当に帰する。

2  被告会社

被告会社が山舘車を業務用に使用し被告山舘を雇用して自己のために同車を運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

他方、被告会社は免責の主張をなしているところ、前記一認定のとおり、山舘車は本件第一事故により〈1〉右前輪のパンクを生じたため、同輪の内圧減少に伴つて右に進路が偏向する状態に置かれたのであるが、一方、同事故で〈2〉右前輪のブレーキホースの外れ及び〈3〉前輪のステアリングリンケイジの切損の各損傷が発生した可能性も前記のとおり存在し、そのような山舘車の可能な損傷及びその損傷のもたらす前記の効果を彼此勘案すると(右〈2〉及び〈3〉の各損傷の発生自体は、仮にそのすべてが本件第一事故の際発生したとして、同事故との関係では、前記第一認定の事故態様からして、〈1〉の損傷の点も含めて、被告山舘に回避可能性がなかつたことはいうまでもない。)、証人佐藤正夫及び同押川清の各証言に照らし、被告山舘の前記制限速度違反行為が他方で存在したために、この違反行為が加わつて初めて、これと右〈1〉の損傷及び〈2〉及び〈3〉の可能な各損傷が相乗し複合することにより本件第二事故の発生が招来されたという可能性ないし疑い、すなわち右違反行為と本件第二事故との事実的因果関係の存在の可能性ないし疑いを認める余地が存しているというべきである。そうとすれば、運行供用者たる被告会社との関係で運転者たる被告山舘について、未だ自動車損害賠償保障法三条但し書にいう「運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと」の証明が尽くされたものとはいえないと見るのが相当であるから、被告会社の同条の免責の主張はその余の点を判断するでもなく失当に帰するというべきである。

以上によれば、被告会社は自動車損害賠償保障法三条本文に基づき、本件第二事故による亡行弘及び原告らの損害(人的損害)について、損害賠償をなすべき義務があるというべきである。

三  損害

そこで、被告会社との関係で亡行弘及び原告らの損害について、以下に判断する。

1  亡行弘の逸失利益

亡行弘が死亡当時四二歳で運転手をしていたことは当事者間に争いがなく、証人小池亮の証言により成立が認められる甲第八号証の一、二及び原告松永カツ子本人尋問の結果を総合すれば、亡行弘は原告会社に雇用されて死亡当時年間換算で金四二一万三一一三円の収入を得ていたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。そうすると、亡行弘は前認定のとおり死亡しなければ六七歳までの二五年間稼働し前同額の年間収入を挙げることができたものと推認できるから、原告松永カツ子本人尋問の結果により認められる生前の亡行弘の一家の支柱としての地位に照らし同人の生活費控除割合を三割とした上、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除して死亡時の現価を求めると、金四一五六万五四三五円(円未満切り捨て)となる。

2  亡行弘の慰藉料

亡行弘本人の死亡による慰藉料としては、金七〇〇万円を相当認める。

3  原告カツ子及び原告真弥の慰藉料

原告カツ子が亡行弘の妻、原告真弥が亡行弘の子であることについては当事者間に争いがなく、亡行弘の死亡に対する同原告ら固有の近親者慰藉料としては、同原告ら各自に対し、それぞれ金三〇〇万円と認めるのが相当である。

4  葬儀費用

原告松永カツ子本人尋問の結果によれば、原告カツ子は亡行弘の葬儀費用として金七〇万円を支出したことが認められる。

5  相続

原告カツ子及び原告真弥は前記1及び2の亡行弘の損害合計金四八五六万五四三五円につき、同人に対する原告らの法定相続分(原告カツ子三分の一、原告真弥三分の二)に従い相続し、原告カツ子が金一六一八万八四七八円、原告真弥が金三二三七万六九五六円宛相続したことが認められるので、原告カツ子の損害賠償請求権の額は前記3及び4の同原告の損害を合わせて合計金一九八八万八四七八円、原告真弥の損害賠償請求権の額は前記3の同原告の損害を合わせて合計金三五三七万六九五六円となる。

6  損害の填補

原告カツ子及び原告真弥が本件につき損害の填補として自動車損害賠償責任保険から金四〇〇二万九三〇〇円を受領したことは当時者間に争いがなく、原告松永カツ子本人尋問の結果によれば同原告らが前記趙から同じく損害の填補として金三一万円の弁済を受けたことが認められるところ、右合計金四〇三三万九三〇〇円につき同原告らの自陳するところにより原告カツ子に対し金一三四四万六四三三円、原告真弥に対し金二六八九万二八六七円宛充当すると、同原告らの損害賠償請求権の残額は、原告カツ子が金六四四万二〇四五円、原告真弥が金八四八万四〇八九円となる。

7  弁護士費用

原告カツ子及び原告真弥が前記損害賠償請求権の行使のために本件訴訟の提起・追行を原告ら訴訟代理人に依頼したことは弁論の全趣旨により認められ、右弁護士費用としては、原告カツ子につき七〇万円、原告真弥につき金九〇万円とするのが相当である。

四  以上の次第で、本訴各請求中、被告会社に対し、原告カツ子において金七一四万二〇四五円及びこれから弁護士費用を除いた内金六四四万二〇四五円に対する前記事故の日である昭和五四年一〇月二六日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の、原告真弥において金九三八万四〇八九円及びこれから弁護士費用を除いた内金八四八万四〇八九円に対する前同日から支払済みに至るまで前同年五分の割合による遅延損害金の、各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告らの被告会社に対するその余の請求及び被告山舘に対する請求並びに原告会社の被告山舘に対する請求は理由がないからこれをいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 福岡右武)

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